哲劇メモ

吉川浩満(@哲学の劇場)の日々の泡

警視庁第八機動隊

愛車ジムニーを駆って甲州街道を鼻歌まじりに気分よく走っていると、後ろからスピーカーの音声が聞こえてきた。

振り返ると後ろにパトカー。乗車している警官二人組がこちらをガン見している。「え、ぼくなの?」的なボディーランゲージで尋ねると、「とーぜんオマエじゃ」的なボディーランゲージで返答された。同時に走行中の数十台のなかから選ばれるという光栄。しかたなく路肩に車を停めた。

「職務質問よろしいですかねー」

またか!(*) とウンザリしながらドアを開けると、「これ、窓開かないの?」ときた。窓くらい開くよ!どーせ車から降ろしてボディーチェックするんだろうに。明らかに20代と思われる警官は、「免許証あるー」「仕事とかナニやってんのー」「こんなにたくさんナニ積んでんのー」と、妙になれなれしい若者口調である。肩には「警視庁第八機動隊」のワッペンがあった。

 (*)最近やたらと職質を受ける。

仲間から「瞬間湯沸器」と恐れられるくらいに短気でキレやすい性格の小生だが、この手の事態には気長に冷静に応接することにしている。面倒にはちがいないが、面倒を避けようとして逆により大きな面倒を背負い込むなんてごめんだ。警官のひとりふたりに抗議や反抗をするだけの元気も趣味もない。ちなみに、二車線しかない甲州街道では、すでにこの時点でプチ職質渋滞が引き起こされていた。

けっきょく車から降ろされてボディーチェック、そして車内の捜索。毎度のことながら、狙いは刃物および薬物である。

じつは刃物について、小生にはちょっとした弱みがある。それは、clinamen特製・卓球七つ道具に含まれる裁ちバサミだ。庄三郎謹製のこのハサミ、卓球ラバーの切れ味もバツグンなのである。出先で使うことも多いので、ついつい携行してしまうのだ。今回もまた庄三郎氏がツッコミを受けた。ほかの小道具とともにその用途を過剰なまでに事細かに説明して事なきを得たが、そろそろ職質対策に携行用の事務バサミを用意しなきゃならないかもしれない。

捜索は細かかった。ほんとに細かかった。ダッシュボードに入っていた携帯灰皿の中身まで調べる執拗さである。これは違法薬物が目当てなのだろう。キシリッシュガムの箱も調べられた。警官の手もと不如意によりガムがひとつ床に落ちたが、自動的に三秒ルールが適用された。

それにしても、助手席捜索中の警官の無防備さといったら。前かがみになって助手席をゴソゴソやっている警官のマ後ろに立っている小生の目の前では、拳銃と手錠がブランブランと揺れている。もうひとりの警官は小生に背を向けており、交通整理で忙しい。しょーもない犯罪映画を数え切れないくらい観ている小生の頭ン中では、助手席を捜索中の警官を背後から急襲し拳銃を強奪、もうひとりの警官を射殺したうえで逃走、そして壮絶なカーチェイスへ……というイメージ記憶が駆けめぐったことは言うまでもない。

たんなる職質とはいえ、コイツ怪しい調べてやろうと思ったからこそわざわざ車を停めたのであり、当該人物に質問をしたり車内を調べたりしたんじゃなかろうか。これでもし小生がモノホンのドラッグディーラーとかギャングスターとかだったらどうなるんだろうか。そもそもなんのために二人組で行動してるんだろうか。たんに車内調査と交通整理を分担するためなんだろうか。危険(かもしれない)人物にたいして二人組で応対する際のマニュアルとかはどうなってるんだろうか。……等々、ちょっと反問してみたくもなったが、ヤブヘビになると困るのでやめた。

15年ほど前のことだろうか。某特殊版元(*)時代のある晴れた日に、ほっかほっか亭で見かけた弁当待ちの警官を思い出す。

 (*)国書刊行会という魑魅魍魎の館。

彼は2メートルくらい前方で背を向けて立っていた。ちょっとした好奇心から、小生はほんの少しだけ頭をかしげ、ホルスターを覗き込もうとした。その気配を察したらしい彼は、これまたほんの少しだけ身をそらし、再びホルスターを小生の死角へと追いやったのである。あまりにナチュラルかつエレガントなその所作は、かのゴルゴ13を彷彿とさせるものであった。小生が即座に彼を「デューク」と命名し、以降ほっかほっか亭で見かけるたびに「デューク」と呼びつづけた(*)ことは言うまでもない。

 (*)心の中で。

なんの話だったっけ。ああ、職質だ。

けっきょく捜索は20分ちかくつづいた。なにしろ、いまの愛車は映画『エレクトラグライド・イン・ブルー』(*)で白バイ警官から嫌がらせを受けるヒッピーの車みたいにとっちらかっている。まさしく「移動する俺部屋」である。時間がかかるのも無理はない。職質が終わるころにはプチ渋滞はモロ渋滞と化していた。ご苦労なことであった。

 (*)観てないなら観たほうがいいぜ。→ Amazon.co.jp

その他、職質中にいろんなことを尋ねられた。なかには可笑しくてたまらなくなるエピソードもあったが、思っていた以上に文章が長くなってしまったため、そのあたりのことはすべて割愛する(*)。

 (*)警官が放った最後の言葉は、「掃除とかしないの?」であった。

 *-*

親しい人びとに職質のことを話すと、決まって「とりあえず散髪しろ」という忠告が返ってくる。たしかに昨年から髪を切っていない。自分でもウザいくらいだ。

そうだ散髪いこう。来週あたり。
いや再来週かな? いやいや来週中に!

散髪がんばる(結論

hello, world

ワゴンセール

ブックファースト渋谷文花通り店editechさんのブログ記事より、拙著『問題がモンダイなのだ』のワゴンセール(@ブックファースト渋谷文花通り店)情報を(1か月遅れで)キャッチ。いまはどうなってるんだろうと思い、渋谷まで出かけてみた。

さすがにワゴンセールは終了していたが、しかしなおレジ前の新刊書・話題書ズラリの好位置に二面出しで置かれている。

そういえばいつ出たんだっけ。その場で奥付を確認してみた。2006年の暮れ。2年も前に刊行された地味な新書一冊をこんな風に紹介してくれるなんて、たいへんにありがたいことだ。企画してくれた店員さんは不在だったが、レジの店員さんにお礼を述べた次第。

そうか、もう2年も経つのか。書店員さんに感謝すると同時に、あれから新しい本を一冊もつくりだせないでいる自分のふがいなさに内心忸怩たる思いを抱いたのだった。

恩師

同じ日、恩師のA先生から連絡が。


「調子はいかがですか」
「なんにもできません」
「ほうそうですか」
「はい」
「お目にかかりたく」
「馳せ参じます」

というわけで(大意)、先生のお宅ちかくでお茶。「あなたの今後についてわたしもいろいろと考えてみたのですが」と先生。先生がこんな、ある意味では恩着せがましい発言をなさるとは……こんなことはいままでついぞなかった。そして、この袋小路から脱出するための具体的な提案をふたつほど頂戴した(んだけど、その内容については恥ずかしいので記さないでおく)。あの奥ゆかしい先生にそこまで言わせてしまった自分のふがいなさに、あたらめて内心忸怩たる思いを抱いたのだった。

魔窟探検

知っている人は知っていることだけど(ほとんどの人は知らないし興味もないと思うけど)、ぼくは2006年あたりからこのかた、まともに仕事ができないでいる。その間、相棒(id:yakumoizuru)をはじめとして、たくさんの人に迷惑をかけてきた。迷惑どころか、損失・損害を与えたとすら言ってよいかもしれない。

数年前からぼくの仕事部屋は本とゴミと酒壜に満ち満ちた魔窟となり、仕事に使うパソコンにすら心理的・身体的・物理的にアクセスできない状態がつづいていた。安息の地とするべく設計した自分の部屋なのに、おそろしくて入ることができないのである。

(しかたがない?ので、ホームサーバを中心とした無線LAN環境を構築し、リビングルームの食卓に置いたノートパソコンでメールチェックを行っていた。というか、そんな手間をかけるヒマがあれば部屋の掃除くらいできそうなものなんだけど……ほとんどビョーキ、というかふつうにビョーキである。)

床が見えたその魔窟に捜査のメスが入ったのは今年の7月。ほんとうにありがたいことに、相棒友人知人が集まり、丸一日をかけて魔窟探検と悪霊退治をしてくれた。ぼくなんかよりずっと忙しい(そして時給も高い)人びとが汗だくになってくれたおかげで、なんとか仕事ができる環境が整った。床のフローリングも数年ぶりに拝むことができた。たいへんにありがたいことだ。自分はなんて幸せ者なんだろうとつくづく思ったんだけど、整ったのは環境だけで、じつはいまだ同じようなダメ生活を送っている。直後にハードディスクがクラッシュしたのは痛かったが、でもあの大掃除の労力にくらべたら、そんなこと言い訳にすらならない。どんだけ忘恩? 当然ながら、やっぱり自分が変わらなきゃいけない。さらにあたらめて内心忸怩たる思いを抱いているのだった。

つまり...

こんな風にぼくを支え、助けてくれている慈愛に満ちた人びとに報いる唯一の方法は、感謝の意を表すことではなく(お世話になりすぎてきた分だけ、そんなものこれまで表しすぎるくらい表してきた)、ぼくがぼくの仕事をぼくなりのやりかたで実行することだろうと思う。当たり前のことだけど。

これからまたがんばる。

追伸

たったこれだけの記事(というか最近思うこと的日記)を書くのに数日間かかってしまった。どんだけ(ry


問題がモンダイなのだ (ちくまプリマー新書)

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試されているような気がする


ガラスの破れたガラス店

このお店にガラス修理を依頼するだけの度量を、はたして小生は持ち合わせているだろうか?

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