哲劇メモ

吉川浩満(@哲学の劇場)の日々の泡

卓球再見記


超ひさしぶりに卓球をした。

見た目で選んだニューラケット(クリックで拡大画像)さかのぼること十数年前。高校3年生の夏、インターハイ予選(*1)に敗れた時点でぼくは「現役引退」をした。以来、幾度かは温泉卓球のようなものをしたことはあったけれど、打てば響くようにピンポンカンコンとプレーすることはついぞなかった。前回やったのがいつだったのかもよく覚えていない。そもそも運動とかスポーツといわれるもの自体を何年もしていなかった。

年に一度しか使わない西武新宿線に乗り換えて、とある卓球場へ向かった。マンションの一室(正確にはワンフロアか)を使用したその卓球場の看板が独特の妖しさをかもしだしている。部屋のドアーは金属のメタルで、ノブを握る手もかすかにふるえた(*2)。こんなにドキドキするのもひさしぶりだ。

  • (*2)静電気がパチンと音を立てたが本文と関係ない。

ドアを開けると本当に卓球場だった(でなければ困るが)。選手またはコーチらしき男性がふたり、所在なげにイスに座っている。ひとりはヴィデオカメラ片手に熱心に液晶画面を凝視している。撮影をしているのか録画テープを観ているのかはわからなかったが、たぶん録画テープを観ていたのだろう。レンズの先には空いた紙コップやコンビニ袋しかなかったから。いやもちろん、彼がアメリカン・ビューティー的なアレだったのだとしたら話は別だけれど。

卓球に戻る。

ラバーは中国製。ジャケ超イカす(リンク先)まずはご挨拶から。高校まで中ペン表ソフト速攻型(*3)でやっていたこと、それ以来ほとんど卓球をしていないこと、このたび新たに道具をそろえて再開しようと思っていること、そういう事情なのでお手柔らかによろしくお願いします、等々。今回お相手をしてくれたコーチ(*4)も偶然同じ中ペン表ソフト速攻型との由。

  • (*3)中国式ペンホルダーラケット(シェークハンドラケットの柄を短くしたようなラケット)に表ソフトラバー(回転よりスピード重視の粒々ラバー)を貼り、おもに卓球台の近くでの速攻戦術を用いるプレースタイル。松本大洋『ピンポン』でいえばペコの戦型。
  • (*4)あとで調べてみたら、かつてカデットの部シングルスで全国大会を制し、中国へ卓球留学もしたことがあるという経歴の持ち主であった。

まずは手はじめに、フォアクロスのラリー(*5)から。当たり前といえば当たり前だけれど、あんがいちゃんとラケットにボールが当たる。じつはロクに当たらないんじゃないかと心配していたのである。スイートスポット(*6)を外すことがしばしばあるが、これは昔からことなのであんまり気にしないことにする(ぼくは繊細ではない。卓球以外でもそうだけど)。相手が上手いからであるにせよ、とりあえずはラリーが成立するので安心した。

  • (*5)たがいに卓球台の右側の対角線を使ってフォアハンドで打ち合うこと(右利きの場合)。
  • (*6)いわゆる「ラケットの芯」。テニスやゴルフでも言うでしょ。

「フットワークでもやってみますか?」と提案され思わずひるんだが、断るわけにもいかない。フットワークといっても卓球台の右半分を使うだけの軽いものである。しかしこれは疲れた。たかがそれしきのことでと経験者は思うだろうけれど、しかたないじゃないか。酒とタバコを常用し、好きなもの――身体にわるいとされているものがほとんど――ばっかり食べ、運動といえばやむを得ない場合の徒歩――日によっては家のなかを歩くだけ――くらい。そうした生活態度のせいか、十数年で体重は20キロちかく増えてしまった。

「50本目標でつづけてみましょうか」と言われ再度ひるんだが、はじめは38本、最終的には79本つづいた。これには驚いた。相手が上手いから少々こちらがしくじってもラリーはつづくんだけど、そもそもフットワークのラリーが80往復ちかくつづいたということ自体、ぼくにとってはちょっとした驚きであった。

つぎにショートとツッツキ(*7)の練習。おもしろい。高校時代は攻撃的なツッツキとナックルボールになるプッシュが好きだった。たとえば、バウンド直後にガツンとツッツキ――下回転がかかっていて、スピードがあって、コートの奥深くに突き刺さるような――を繰り出すと、相手はボールを持ち上げる感じで返球してくる。で、こちらはその浮いたボールを思い切りひっぱたく(=スマッシュ)のである。また、ナックル性ショートの場合には、相手からはボールがフラフラして見えるし(野球の場合と同様)、回転がかかっていないから返球がネットに引っかかることが多い。だから、どうしても持ち上げる感じで返球することになる。そうなると先と同様、こちらはスマッシュでお返しをすることになる。これらはとくにドライブ攻撃型の選手にはよく効いた(これは相手のプライド――自分は攻撃する側であってされる側ではないというプライド――も傷つける)。今回も試しにいろいろやってみた。しかしまあ、それほど思うようにはいかない。

  • (*7)ショートとは、身体の真ん前でラケットを相手側に押し出す感じで返球する技。守備的に使えば「ブロック」、攻撃的に使えば「プッシュ」と呼ばれる。ツッツキとは、おもに台上でラケットを上向きにして下回転をかけて返球する技。

最後はツッツキからの角度打ち(*8)をバックストレートとフォアクロスに数十球。これは、ちがう技のコンビネーションであるせいかちょっと難易度が高く、簡単なボール相手に凡ミスを連発してしまう。でも途中からはボールがいちおう相手コートに入ることは入るようになった。

  • (*8)ボールに上回転をかける(ドライブ)ではなく、相手のボールの回転に合わせてラケットの角度を決め、ほとんど回転をかけずに返球する技。強く打てば「スマッシュ」と呼ばれる。

思っていたよりボールが入ることの原因のひとつには、ボールの大きさが変わったことにあると感じた。ぼくがやっていたころのボールの直径は38ミリ。それが数年前から40ミリになった。このルール改訂の目的はおもに卓球のラリーを長くつづかせることにあったと思うんだけど(*9)、それはたしかに奏功しているのかもしれない。卓球をするのもひさしぶりだし、40ミリボールを打ったのも初めてだけれど、思ったより相手コートにボールが入るのはそのせいなんじゃなかろうか。

  • (*9)卓球は、とくにこの30年間で「観戦のおもしろさ」という観点から幾度も大幅なルール改訂をこうむってきた。「斜陽スポーツ」ならではの動向だと思う。

以上、かなり長時間の練習をしたように思えるかもしれないけれど、実際にはたったの1時間。これだけでもうヘトヘト。ありがとうございましたと礼を述べて卓球場をあとにした。疲れと興奮のせいか、めずらしく食欲もわかなかった。

さて、ボールを打っているあいだ、自らの選手時代のよしなしごとを思い出したりして、心は「千々に乱」れ、さまざまな思いが「胸中を去来」した。じつは今回の記事はそれをテーマにしようと思って書きはじめたんだけど、すでに紙幅――ブログゆえ紙幅の都合なんてないんだけど。いわば「心の紙幅」である――が尽きてしまった。

こんど書きます。

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ピンポン (5) (Big spirits comics special)

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