◆思想の錯覚、「答えがない」の錯覚
「思想」の側も錯覚しているし、「思想を必要とする人」も錯覚しているが、「近代の思想」というものはない。あるのは、「前近代に生まれた、近代を用意する思想」だけである。「思想に考えてもらう」が終われば「近代」なんだから、近代は思想を生まないのである。その代わり、近代は「みんなが自分の頭で考える」なのである。だから、こんなにも「考える、考える、考える……」ばかりが続いて、「答」というものが一向に出て来ない、このややこしい本があるのである。
橋本治『いま私たちが考えるべきこと』新潮社、2004、pp.215-216