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哲劇メモ

吉川浩満(@哲学の劇場)の日々の泡

プロジェクトT

文学

アンナ・カレーニナ〈上〉 (新潮文庫)

アンナ・カレーニナ〈上〉 (新潮文庫)

10年ぶり。上巻(第1〜2編)を読了し、中巻(第3編)に突入。

前回読んだときにはヴロンスキー、アンナ、リョーヴィン、キチイの四角関係(?)ばかりを追っていた(長いので早く読み終えたいという卑しい気持ちが働いたのかもしれない)のだけれど、今回はなぜか登場するすべての人物や生き物たちに惹きつけられ、一行もゆるがせにできないように感じる。いまさら(しかもわたくしごときが)言うことでもないが、トルストイの描写の巧みさは読んでいて腹が立ってくるほどだ。これは愉快なばかりではなくときには苦痛をも感じる経験だが、それもこれもひっくるめて楽しい読書ということなわけで(少なくともわたくしの場合)。それと、オブロンスキーやカレーニンといった人びとにも、前回はほとんど感じることの出来なかった共感・同情を寄せている自分を発見できたのは、ささやかながら意外な収穫であった。

アンナ・カレーニナ』が終わったら『復活』に、そして『戦争と平和』に行くつもり。それが終わったら小品群を読もう。

◇日本トルストイ協会
http://chobi.net/~tolstoy/

メモ

気になった箇所をいくつか。

幸福な家庭はすべて互いに似かよったものであり、不幸な家庭はどこもその不幸のおもむきが異なっているものである。(p.5)

有名な書き出し。冒頭部分を17回書き直したそうだ。

その瞬間、彼の身には、なにかあまりに恥ずかしい行いを不意に指摘された人たちによく見られる現象が起ったのであった。彼は自分の非行をあばかれながらも、そうした新しい事態にふさわしい顔つきを妻にすることができなかったのである。憤然として腹を立てるなり、否定するなり、弁明するなり、許しを請うなり、いや、ただ平然としているだけでもまだよかったものを――このいずれであっても、彼のしでかしたことよりはまだましだったろう!――彼の顔はまったく無意識に(《こりゃ条件反射だな》と、生理学好きのオブロンスキーはちらっと考えた)まったく無意識に、あの持ち前の、善良そうな、したがって間のぬけた微笑を、つい、浮べてしまったのである。

この間のぬけた徴笑には、彼自身もわれながら許しかねていた。この徴笑を見るや、ドリイはまるで肉体のどこかに痛みでも受けたかと思われるほど、ぶるっと身を震わせ、気短かな気性を一時に爆発させて、激しい言葉の雨を浴びせると、そのまま部屋から飛びだしてしまった。それ以来、彼女は夫の顔を見ようとはしないのであった。《なにもかもあの間のぬけた微笑が原因なんだ》オブロンスキーは思った。

《それにしても、いったい、どうすればいいんだ? どうすれば?》彼はそう絶望的につぶやいたが、なんの答えも見いだせなかった。(pp.8-9)

問いつめられたオブロンスキー。

この世にはそれがどんな事でも幸運な競争者にぶつかるたびに、すぐ相手のもっているすべての長所に面をそむけ、ただその悪いところぱかり見ようとする人がある。ところが、その反対に、その幸運者の中に、勝利のもととなった特質を発見することをなによりも望んで、激しい心の痛みを覚えながらも、ただ相手の良いところばかりを捜す人間もいるのである。(p.107)

リョービンについての寸評。

キチイはアンナの中に、自分でもよく覚えのある、相手に対する勝利に酔っている表情を見てとった。アンナが自分でつくりだした歓喜の酒に酔いしれているのが、手にとるように見えた。その気持を知り、その兆候を知っているキチイは、それを今アンナの中に認めたのである。そのひとみの中にふるえ燃えあがる輝きを、思わず唇をゆがめる幸福と興奮のほほえみを、そのしぐさにあふれる、見る目も優美で、正確で、軽やかな風情を。(pp.169-170)

恋人ヴロンスキーとアンナの仲があやしいことにキチイが気づいた瞬間。

キチイは第一の組で踊った。それに、幸い、なにひとついわないですんていた。なぜならコルスンスキーは役目がら、いろいろ世話をやきながら駆けずりまわっていたからである。ヴロンスキーとアンナは、キチイのまっ正面にすわっていた。彼女はその遠目のきく目で、ふたりを観察していた。やがて、ふたりが踊りの組にまじってそばへやって来たので、すぐ近くからもながめたが、よくながめればながめるほど、キチイは自分の不幸がもう確定的なものであることを、はっきり信じこまないわけにはいかなかった。彼女は、ふたりがこの人であふれている大広間にいながら、自分たちふたりだけのような気持になっているのを見てとった。また、いつもは落ち着いて毅然としたところのあるヴロンスキーの顔にも、キチイをはっとさせた、なにか悪いことをした利口な犬に似た、途方にくれた従順な表情が認められた。(p.173)

ヴロンスキーとアンナが恋におちてしまったことをキチイが悟った瞬間。

家で家政婦の役目を勤めている年とったばあやのアガーフィヤの部屋の窓から漏れる光が、屋敷の前にある小さな広場の雪にさしていた。老婆はまだ寝ていなかったのである。アガーフィヤに起されたクジマーが、寝ぼけた眼ではだしのまま、入口の階段へ駆けだして来た。雌の猟犬のラスカは、クジマーの足をはらわんばかりの勢いで、同じように飛びだして来て、彼のひざに身をすりよせ、後足で立っては、主人の胸に前足をかけようとしたが、そこまではしなかった。(pp.193-194)

主人リョービン帰宅の場面。犬が「主人に飛びついた」とか「主人の胸に前足をかけた」などは誰でも書ける。しかし、「前足をかけようとしたが、そこまではしなかった」とは書けない。

老犬のラスカは主人が帰って来た喜びをまだよくのみこめないで、もうすこしほえるために内庭を駆けまわっていたが、しっぽを振りふり、冷たい空気のにおいを身につけて帰って来ると、彼のそばへよって、手の下へ首を突っこみ、哀れっぽくかぼそい鳴き声をたてながら、もっとかわいがってくれとせがむのだった。

(中略)

犬のラスカは相変らず、リョーヴィンの手の下へ首を突っこんでいた。彼がちょっとなでると、犬は突き出した後足の上に首をのせて、すぐ彼の足もとにくるりと丸くなった。そして、今度はなにもかも気に入っているというしるしに、心もち口をあけ、唇を鳴らし、年とった歯の上にねばっこい唇をいっそうぐあいよくのせ、心から安心しきった様子で静まりかえった。リョーヴィンはこの犬の最後の動作を注意ぶかく見守っていた。

《このおれもあれとおんなじだ!》彼はつぶやいた、《おれもあれとおんなじさ! なあに、たいしたことはない、万事うまくいってるさ》(pp.199-200)

冴えわたる動物描写。

アンナは自分を過ちを犯した、罪ぶかいものと思いこみ、もうこのうえはわが身を卑下して、許しを請うよりほかになすすべはないような気がした。しかも、今は彼女にとってこの世の中に、彼よりほかにはだれもいなかったので、彼女はこの許しを請う祈りを、彼にも向けてしまった。アンナは彼を見ていると、肉体的に自分の堕落を感じて、もうそれ以上なにもいえなかった。一方、彼のほうは、殺人者が自分で殺した死体を見たときのような気持を味わっていた。彼がその生命を奪ったこの死骸こそ、ふたりの恋であり、その恋の最初の段階であった。この羞恥という恐ろしい犠牲をはらって得たところのものを思い起すと、そこにはなにかしら恐ろしく忌わしいものがあった。彼女は自分の精神的な裸体に対する羞恥の念に圧倒され、それは彼にも伝わった。しかし、殺人者は自分が殺した死骸に対して、どんなに激しい恐怖を感じても、その死体を隠すためには、それをずたずたに切り刻まなければならないし、殺人によって手に入れたものをあくまで利用しなければならないのだ。(p.306)

11年後の「クロイツェル・ソナタ」を予感させる、「恋愛と殺人」のアナロジー。

「あれは嫁に行くなんて考えてもいなかったし、今も考えてはいないよ。なにしろ、からだがひどく悪くてね、医者にいわれて、外国へ転地したよ。生命の危険を心配してるくらいだからね!」

「ほんとかい!」リョーヴィンは思わず大声をあげた。「からだがひどく悪いって? いったい、どうしたんだ? どうしてあの人は……」

ふたりがそんな話をしているとき、ラスカは耳をそばだてて、空を高く見上げたり、責めるようにふたりを振り返ったりしていた。

《よりによって、とんでもないときに、話をはじめたもんだ》ラスカは考えた。《あいつが飛んで来ているのに……ほらほら、やっぱり、そうじゃないか。あ、逃げて行ってしまうじゃないか……》ラスカは考えつづけた。(p.338)

狩りの最中、リョーヴィンとオブロンスキーがキチイの話題に夢中になる。そこへ突然、猟犬ラスカの内的独白が……。いまのところ動物の独白シーンはこの箇所のみ。

この子供がそばにいると、いつもかならず、ヴロンスキーは最近しばしぱ経験するようになった、あの奇妙な、理由のない嫌悪の情を呼びさまされるのだった。この子供がいることによってヴロンスキーとアンナの胸に呼びさまされる感情は、羅針盤をながめているときの航海者の感情に似ていた。つまり、今自分の船の走っている方角は、正しい方向とはずいぶんかけ離れていることを知りながらも、自分には船の進行を止めるだけの力がなく、したがって、一分ごとにますますその誤差は大きくなっていくが、正しい方向から遠ざかっていくのを自認するのは、とりもな直さず、自分の破滅を自認することであった。

人生に対して素朴な目をもったこの少年は、ほかならぬ羅針盤であって、ふたりが知っていながら、知ることを欲しない事がらから、どれほど自分たちがそれているかを示すものであった。(p.381)

アンナとカレーニンの間にできた子どもを見て、ヴロンスキーとアンナが感じる気づまり。

「あたくし、妊娠しましたの」アンナは静かに、ゆっくりとつぶやいた。

彼女の手の中の木の葉は、さらに激しく震えだした。しかし、アンナは、彼がこの知らせをどう受け取るか見きわめようと、相手の顔から目を放さなかった。と、彼は、さっと青ざめて、なにかいおうとしたが、それをやめて、彼女の手を放し、自分の頭をたれた。《ああ、この人はこのことの意味を、すっかりわかってくれたんだわ》彼女は考え、感謝の気持をこめて、彼の手を握りしめた。

しかし、アンナはここで考え違いをしたのだった。彼はこの知らせの意味を、アンナが女として解釈したようには理解しなかったからである。この知らせを聞くと、最近よく彼が発作的におそわれるあのなにものかに対する奇妙な嫌悪の念が、いつもの十倍もの力で彼をおそって来た。しかし、それと同時に、彼は、自分が予期していた危機が、今こそ到来したのであり、もうこれ以上夫に隠すことはできないから、方法はとにかく、一刻も早くこの不自然な状態を打破しなければならぬと感じた。ところが、それとは別に、彼女の興奮は生理的に彼にも感染した。彼はうっとりとした従順な目つきでアンナをながめ、その手に接吻すると、そっと立ちあがって、無言のまま、テラスをひとまわりした。(p.385)

妊娠の報告。そしてふたたび繰り返される男女のすれちがい。

「自業自得ですわ、自業自得ですわ!」キチイはワーレンカの手からパラソルを引ったくり、相手の目をまともに見ないで、早口にしゃべりだした。

ワーレンカは、相手の子供っぽいいきどおりを見て、微笑を浮べようとしたが、気を悪くされてはと思いとどまった。

「だって、あたしのしたことなんかなにもかも偽善だったからですわ。なにもかもみんな真心から出たんじゃなくて、考えだしたことだったからですわ。あたしにはよその人なんか、なんの用もなかったんですわ! 現に、そのために、あたしは夫婦げんかのもとにまでなってしまったんですわ。それというのも、あたしがだれにも頼まれもしないことをしたからですわ。なにもかも偽善だからですわ! 偽善ですわ! 偽善ですわ!」

「でも、なんだってそんな偽善的なことをなさる必要があるんですの?」ワーレンカは静かにいった。

「まあ、なんてばかげているんでしょう、ほんとにいやらしいことですわ! だって、なんの必要もなかったんですもの……なにもかもみんな偽善ですわ!」キチイはパラソルを開いたり、つぼめたりしながらいった。(pp.480-481)

ワーレンカにあこがれて不幸な人びとへの献身を試みたキチイ。しかしうまくいかず爆発、ワーレンカに八つ当たりをする。「自業自得ですわ、自業自得ですわ!」「なにもかも偽善だからですわ! 偽善ですわ! 偽善ですわ!」(&パラソル開閉)……いつかやってみよう(無理

彼女は今度あらたに認識したいっさいのものを、否定はしなかったが、自分がなりたいと望んでいたものになれると思ったのは、一種の自己欺瞞であったと悟った。それはさながら、ふと目がさめたような気持であった。彼女は自分が達したいと願ったあの高みに、偽善や虚栄心のささえなしに踏みとどまることのひじょうなむずかしさを感じた。そのほか、彼女は、悲しみや、病気や、瀕死の人びとに満ちみちている、この自分の住んでいる世界の重苦しさをも感じた。彼女はその世界を愛そうとして、自分が必死に努力していることも、なにか耐えがたいものに思われてきて、一刻も早くさわやかな空気の中へ、ロシアへ、エルグショーヴォ村へ帰りたくなった。そこへは、もう姉のドリイが子供たちを連れて、移っているとの便りがあった。(p.484)

激情の発作から帰還したキチイ、自分の行いが自己欺瞞であったと反省。