哲劇メモ

吉川浩満(@哲学の劇場)の日々の泡

意味と他者性

武蔵小金井のラーメン屋でのこと。

店にはいると、「ランチタイムはラーメン大盛またはライスをサービス!」という貼り紙がある。そして時はまさにランチタイムであった。

隣の席におじさんがやってきた。ポロシャツに綿パン姿。フツーの、といっては語弊があるかもしれないが、まあ、フツーのニッポンのおじさんである。

若い男性店員がおじさんに尋ねる。

「ラーメン大盛りかライスがサービスになりますが、いかがでしょうか?」
「えっ?」

おじさんが聞き返した。きっと店員の声が聞こえなかったのだろう。

店員は同じ言葉を繰り返した。するとおじさん、再び、「えっ?」と聞き返す。この時点で、なにかただならぬことが起こっているのではないかという微かな予感が、わたくしの脳裏をよぎった。

そのまま会話をなかったことにするわけにもいかない。店員はなおも繰り返す。

「ランチタイムですので、ラーメンの大盛かライスが無料でつきます。どちらかおつけしますか?」

少しだけ言葉が補われた。この時点で、店の全体が静まり返り、客たちの目はおじさんに釘づけになっていた。そのころには客たちのだれもが、店内でなにかたいへんな事態が進行中であることに気づかざるをえなかった。

おじさんは突然――見るからに困惑の色を浮かべながら――早口でこうまくしたてた。

「なに言ってるか全然わかんない!」

‐完‐