哲劇メモ

吉川浩満(@哲学の劇場)の日々の泡

一塁送球

全国数十万の才能のない野球少年のひとりであったころ。

当時は「大リーグ」のプレーをじっくりと観られる機会などめったになかったのだが、それでも大リーガーたちが天然芝のグラウンドで繰り広げるプレーは少年の脳裏に強烈な印象を残した。

なかでも鮮烈な驚きをもたらしたのが彼らの華麗な守備であった。右中間のいちばん深い場所へ飛ぶライナー性の打球にたいして中堅手が見せるランニングキャッチ。三塁線を襲う打球を逆シングルで捕球した三塁手が見せるジャンピングスロー。三塁手から放たれたボールは、ゆるやかな弧を描いて一塁手のミットに吸い込まれていった。三塁ベース後方からの一塁送球はワンバウンドで、という教育を叩き込まれてきた少年にとって(実際プロ野球選手の多くもそうしていた)、あの一塁送球が描く美しいラインは衝撃的であった。

「大リーグは剛速球と本塁打」というテレビの言葉に少年は不満を感じていた。なぜ彼らの守備についてなにも言われないのか。あの一塁送球を見てなにも思わないのか。所謂ファインプレー以外に守備について言うべきことなどなにもないのか。ただの平凡なサードゴロでワンアウト、というわけなのか。

今季のプロ野球開幕戦。中日ドラゴンズの新外国人選手アレックスが披露してくれた中堅守備は、ありし日の少年の義憤を20年ぶりによみがえらせた。