哲劇メモ

吉川浩満(@哲学の劇場)の日々の泡

親愛なるアメリカ合衆国大統領様

ホワイトハウス御内
親愛なるアメリカ合衆国大統領

突然お手紙を差し上げる無礼をお許しください。貴兄におかれましては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。さて、実は小生、先日ハリソン・フォード氏主演の映画『エアフォース・ワン』を観賞する機会に恵まれました。同作におけるハリソン・フォード氏のごとき貴兄のご活躍に想いを馳せた次第でございます。また、そのフォード氏とともに貴兄御自らがグレン・クローズ女史にたいして副大統領役を引き受けるよう説得されたという美しい知らせをも、風の便りで耳にいたしました。貴国の文化的・政治的・経済的・イデオロギー的秩序の巨大な再生産装置としてのハリウッド映画の重要性をはっきりと自覚しておられる貴兄のその慧眼には、ただただ驚嘆するほかございません。多忙を理由に副大統領役を拒みつづけたクローズ女史がついに折れたのも、ひとえに爆発系アメリカ翼賛ハリウッド映画にたいする貴兄の類まれな情熱に打たれたからに違いありません。今回小生が不躾けにもお手紙を差し上げますのはほかでもない、その爆発系ハリウッド映画の方向性に若干の憂慮を禁じ得ないからでございます。小生が愚考いたしまするに、現代におけるハリウッド映画の価値は、雨のシーンの美しさなどという曖昧でしみったれた基準ではなく(そんなものはあの赤狩りによって犬に喰われてしまいました)、そこで使用される火薬とガソリンの量にこそ厳密に比例すべきであると存じます。そして果たせるかな、『ランボー』から『ダイ・ハード』、『リバーライズ』、そして今回の『エアフォース・ワン』の大成功はその方程式を証すに十分でございましょう。この爆発系映画こそが今後のハリウッドを、否、貴国の文化的・政治的・経済的・イデオロギー的優位を確固たる基盤に据えるであろうことを信じて疑わないものでございます。だからこそ、小生が爆発系ハリウッド映画に感じるかすかな不安には重大な問題が含まれていないとは言い切れません。ロシアやイスラームの過激派たちに正義の鉄槌をくだし、アメリカ翼賛体制を維持せんがためのすばらしき作品群を量産しつづけるハリウッド映画に、そんな不安を感じる必要などないとお感じになる向きもあろうかと存じます。しかし実は、そこにこそ陥穽が潜んでいるのかもしれませぬ。思いもかけぬ危険が待ち受けているのかもしれませぬ。と申しますのも、小生にはどうしても、爆発系ハリウッド映画で殺められるロシアやイスラームの闘士たちが不憫でならないのでございます。彼らが悪行を重ねれば重ねるほど、彼らの置かれた複雑な政治的状況といったものに想いを馳せてしまうのはこれ、人情というものでございましょう。彼らの言葉にちょっと耳を傾けてみますと、なるほどもっともだと思われるところも少なからずございますが、結局は無惨にも殲滅されてしまう。観客たちの脳裏に、あろうことか「はて、ほんとうに悪いのはどちらなのだろう」などというすっきりしない疑問、わだかまりが残ってしまう可能性がまったくないと誰が断言できましょうか(いやいやわが国につきましてはご心配には及びませぬ。貴国の熱心なご指導ご鞭撻により、一億総白痴化ならぬ一億総家畜化が着々と完成に向かっております)。小生の知人にはなんと、「爆発系ハリウッド映画に限っては」必ず悪役を応援することに決めているなどと申す不届き者もあるくらいでございます。貴国が外部の敵を正義の名において殲滅するというこの上なく明快な勧善懲悪の図式が、一部の観客にとっては見事に反転されてしまう、これを逆説と呼ばずして何と呼びましょう。しかも昨今では、サイード氏なるお方による「オリエンタリズム」とかいう考えが評判になったと聞いております。貴国にとって、あれら貴重な爆発系ハリウッド映画からオリエンタリズムの汚名をそそぐことは急務の課題であると存じます。いまこそ抜本的な方向転換が必要である結縁でございます。さて、賢明にして俊敏なる貴兄におかれましては、もはやこの逆説は明白なことでございましょう。そこで愚生が非才ながらご提案差し上げる策と申しますのは、爆発系映画においては貴国の外部に悪役を設定することを禁止し、すべからく「結局はCIAが悪かった」というシナリオを採用すること、これでございます。もはや爆発系ハリウッド映画にとってはそれこそが最善であり、ただひとつの正解であるといえましょう。理由はもはや申し上げる必要もなかろうかと存じます。スティーヴン・セガール氏の主演する全作品をご覧いただきたく存じます。セガール氏の映画には一点の曇りもございません。そこには大国の論理に翻弄され引き裂かれるがゆえにテロリズムに走るといった悲劇的な闘士などは登場いたしません。登場するのはもっぱら、自らの権益に目が眩み私利私欲に走るCIA幹部たちであって、彼らが殲滅されることで物語の円環は見事に閉じられるのでございます。そこでは、わざわざ悪役を設定するためだけに危険を冒してロシアやイスラームの闘士を介在させる必要さえないのでござます。もはや否定が完璧に止揚された理想的な体系と申せましょう。どうかお気を悪くなさらないでいただきたく存じます。小生の提案は貴国を愚弄するものではまったくございません。爆発系ハリウッド映画において敵を外部に設定することが孕む危険は先ほど指摘させていただいた通りでございます。「結局はCIAが悪かった」シナリオの採用により、国内外のほとんどすべての観客から賛同が得られましょう。貴国民でさえも、CIAには煮え湯を飲まされつづけてきたわけですから。反発が予想されるのはCIA職員とその家族、親戚、愛人などでございますが、この方向転換によって賛同を得られる人々の数と比ぶればものの数ではございません。これこそが真のアメリカ翼賛映画なのではないかと愚考する次第でございます(また「結局は宇宙人が悪かった」でも同様の効果を得ることができるものと存じます)。今回のご提案は、貴国をおとしめるどころかむしろ、貴国の明るい未来図を描くことでございましょう! ご検討いただけますことを心よりお願い申し上げます。以上、根も葉もない一狂人の妄言と断じていただいても結構でございます。しかしながら鋭敏なる貴兄のこと、必ずや小生の愚考にお目を止めていただけるものと信じております。末筆になりましたが、貴兄と貴国、貴国文化のますますのご発展とご普及をお祈り申し上げております。

1998年1月23日
貴兄の最も忠実なる友より

追伸:例のセクハラ訴訟の件、まことにお気の毒に存じます。毎日ニュースをたいへん愉快に拝見いたしております。貴兄の昔日のお楽しみがいまになって、しかもこんなかたちで白日の下に曝されようとは、まことに寝耳に水であったことでございましょう。