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哲劇メモ

吉川浩満(@哲学の劇場)の日々の泡

カントクと呼ばれた日

随想 人さまざま


DIJ(*)な日々。メチャクチャである。

気分転換にマッサージでもしてもらおうと、朝から雨の降りしきる近所の商店街に出かけていった。

パツキンしかし残念ながら、いつもお世話になっているマッサージ師さんはお休み。マッサージはパスだ。代わりに、ここしばらくの懸案事項であった散髪(と染髪)に踏み切ることにした。ブリーチとカラーリングの激痛に耐えること4時間、美容室を出たころにはお昼をとうに過ぎていた。

軽くなにか食おうかと商店街をブラブラしていると、あらかじめ定められた楕円形のコースをベルトコンベアにより等速で周回する寿司を出す飲食店(*)が目にとまった。たまには食ってみるかと暖簾をくぐった。

  • (*)回転寿司。

カウンターに座る。例によって安い寿司ばかり食っていたのだが、カウンター越しにやたらと店主が話しかけてくる。しかし滑舌がよくないうえに声量が小さい。なにか熱心に話をしているようなのだが、うまく聴きとることができない。適当に相槌を打っておく。「レモン」と「サーモン」という単語が出てきたことは覚えている。

そろそろ引き上げようかと思っていたころ、件の店主がだしぬけに口を開いた。

カントク、うなぎでしたよね?

うなぎを注文した覚えなどないのだが、そう言われてみればたしかに食いたいような気もしてきて、先例にならって適当に相槌を打った。たしかに、うなぎがあるのなら食いたい。

しかしだ。いったい「カントク」とはなんだ。カントクなるものをいちども経験したことがないばかりか、見知らぬ者からカントク呼ばわりされる覚えなどない。しかし、そう言われてみればたしかに自分がカントクのような気もして……こねーよ!

なんだろう。服装か? そういえば、今日はマッサージをしてもらうことを考えてTシャツ&ジャージ姿で出かけたのだった。上はプーマの速乾Tシャツ、下はアディダスのジャージ、靴はアディダスのスーパースターII。店主は少年サッカーの監督かなにかをイメージしていたのだろうか。そう考えてみれば、たしかに見事な少年サッカー監督ルックではある。できあがったばかりの金髪は関係ないとは思うが、まあどちらかといえば野球よりはサッカーだろう。

うなぎエニウェイ、そんなこんなで目の前にうなぎが届いた。先のカントク発言の含意に思いを巡らせながらうなぎを口に放り込んだとき、奥の座敷にいた家族連れの客から「うなぎはまだか?」(大意)という言葉が聞こえてきた。そうか、うなぎを注文したのは座敷の家族連れだったのか。ちょっとわるいことをしたと思う。しかしこの場合、カントクでもない人間をカントク呼ばわりしたうえ、別の客が注文したうなぎをそのカントクに届けた店主にこそ非があるのではないか(ちなみにうなぎはたいへん旨かった)。

店主はわたしにうなぎを手渡すなり、涼しい顔で昼休みに出かけていった。

うなぎは無事に家族へと届けられただろうか。

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◇哲劇メモ > [随想] - エセーあるいは「生活感情の表現」
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