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哲劇メモ

吉川浩満(@哲学の劇場)の日々の泡

老紳士@三省堂書店神田本店5F男子トイレ

随想 人さまざま


心脳問題ブックフェア先日おしらせした「心脳問題ブックフェア」(*1)の様子をコッソリ偵察するべく、三省堂書店神田本店に出かけた。

遠くからフェアの平台を眺めているうちに、いわゆる「青木まりこ現象」(*2)の仕業だろうか、トイレに行きたくなってきた。もちろん――と書くのが適切かどうか知らん――小でなく大のほうである。ウンよく(*3)5階には男子トイレがある。これ幸いとばかりに駆け込んだ。

スッキリした気持ちで書店をあとにし、お決まりのディスクユニオンへ。地下のROCKフロアに向かう階段を下っているときに、はたと気づいた。

(財布がない!)

札入れ今日はどうしたわけだか愛用のジーンズではなくミリタリーパンツをはいて出かけていた。それがマズかったらしい。このパンツは財布を入れる尻ポケットの位置がジーンズよりずいぶんと低い。便座にしゃがみ込んだときにポケットから抜け落ちてしまったようなのだ。それにしても、よりによってなぜ今日このパンツをはいて出かけたのか。べつにお気に入りというわけでもないのに。年に一度はくかはかないかという二軍パンツである。

『ラン・ローラ・ラン』それはともかく、ぼくは走った。

いわゆるひとつの『ラン・ヒロミツ・ラン』(*4)である。財布には他人の手に渡ってはならぬモノが詰まっている。

押っ取り刀でディスクユニオンの階段を二段飛びに駆け上がり、さらに靖国通りをなりふりかまわず疾走し、そして閉まりかかっていた三省堂書店のエレベーターの扉をバールのようなものでこじ開けて(*5)滑り込み、5階の男子トイレへと急いだ。あれから何分たっただろうか、ぼくのあとに使ったひとがいないといいけどなあ、などと儚い期待を抱きつつ現場に突入。

ああ、はたせるかな。「使用中」であった。出てきたひとになんて言おうか、その予行演習(「すみません、財布の落とし物がありませんでしたか?」「あ、それ、さっきぼくが忘れた財布なんです」等々)を脳内でくりひろげているうちに、ドアがゆっくりと開いた。

出てきたのは、じつに品のよさそうな白髪の老紳士であった。ふたりの目線が絡まりあったその瞬間、ぼくがものを言いだそうとするのをその優しげな目で制しながら、彼が先に口を開いた。

札入れですね?

思わずぼくは叫んでいた。

はい、札入れであります!

はたしてその「札入れ」は、トイレの床に予想どおりの体勢で転がっていた。

きっといらっしゃると思っておりました。触っていませんから大丈夫ですよ。

ぼくは感謝の言葉もございませんという趣旨の感謝の言葉を5、6回くりかえしながら、紳士が手を洗いトイレを出て行くのを直立不動でお見送りした。紳士の親切に感謝すると同時に、その上品かつ的確な身体所作、そして「札入れ」という古風な言葉をたいへん好もしく感じた。ありがとう、ミスター・ソー‐アンド‐ソー・ジェントルマン。

ぼくも今日から財布を札入れと呼ぶことにしよう。

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◇哲劇メモ > [随想] - エセーあるいは「生活感情の表現」
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