哲劇メモ

吉川浩満(@哲学の劇場)の日々の泡

シャチホコ・カンバセイション・ピース


少し前に名古屋に行った。

もうみんな忘れてしまったようだけれど、万国物産展が開催中であった。わたしは「万博」なるものにまったく縁も興味もなかった――大阪にも、つくばにも――のだが、せっかくなのでちょっと顔を出してみたくなったのである。

やはり自分は万博には縁も興味もなかったのだと確認した翌朝、宿のちかくにあった名古屋城に足を運んだ。日本の城には少し興味がある。

金鯱(模型)名古屋城の見学はおもしろかった。しかし、いちばん印象に残ったのは、入城直前に目撃した以下の会話であった。

土産物屋前の広場に、例の「金鯱」(金のシャチホコ)の同寸大模型が飾ってある。祈願するとイイコトがあるらしい。

そこへハタチ前後の男女が二人やってきた。大学生だろうか。ヒップホップ風と私立女子大風の二人組。いわゆるカップル旅行のようである。ほかにもそのような二人連れは何組かおり、それだけではとくに変わったところはなんにもない。女の右手には使い捨てカメラがあった。

わたしが土産物屋のソフトクリームを食うことにかんする是非を思案していると、二人が金鯱(模型)の前で派手な嘆願‐拒絶の会話のキャッチボールをはじめた。キャッチボールというよりは、全力投球でボールをぶつけあう風情である。

男 「シャチホコポーズしていい?」

たしかにいいアイデアだ。旅行っぽい。しかし女は提案を一蹴した。

女 「えー、やだぁ」

男の願いはさらにつのる。

男 「いいじゃーん。ねぇねぇ、やるから写真撮ってよぉ。シャチホコできるんだからさぁ。お願い!」

男の大声が金鯱(模型)の周囲約十メートルにひびきわたった。しかしそれでも女は男の嘆願を峻拒。ハラハラしながら成り行きを(こっそり)見守っていると、女が男にとどめを刺した。

女 「だからそんなのバカみたいだって! あとで部屋でしよーよぉ」

会話はこれで終わった。その後ふたりの「部屋」でなにが行われたのか、(当然ながら)わたしは知らない。

名古屋城名古屋能楽堂
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