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哲劇メモ

吉川浩満(@哲学の劇場)の日々の泡

私の体を通り過ぎていったコンピュータたち(2)――ノートPCケース篇


ふだん外出時にはPDAsigmarion IIIを持ち歩いている。なによりもコンパクトで起動が速い(重さは薄い単行本一冊分くらい。起動は約1秒)のが気に入っていて重宝している(ちなみに拙著『心脳問題――「脳の世紀」を生き抜く』の原稿もほとんどこれで書いた)。

でも、今回のように長期にわたって自宅から離れる場合には、いちおうノートPCも持参することになる。物書きと通信だけならsigmarionで十分なのだが、旅先でデジカメ画像を加工したりWordやExcelのファイルを扱ったりする場合には、やっぱりノートPCが必要になる。

現在のノートPCの愛機は東芝Libretto L5/080TNKW。起動と動作がめちゃくちゃに遅い――メンタリー・イルになりそうなくらいに遅い。待っている間にフト「漠然とした不安」(©芥川龍之介)に駆られ死にたくなるくらいに遅い――という致命的な欠点を除けば理想的なマシンだ。なによりキーボード操作を重視した筐体設計がすばらしい(コンパクトモデルながらキーピッチはA4ノート並み)。いまもこの記事をLibrettoで書いているのだが、死にたくなるくらいに遅いのは前述のとおり。そういうわけで、いまわたしはなにか漠然とした不安から死にたくなるような精神状態にある。

あ、そうだ。Librettoといえば、つい先日に新機種が発売されたばかりなのだが、キーピッチが小さすぎる点がわたしの気に入らなかった。L5の筐体で最新型が発売されれば、ぜひ後継機として購入したいと思う。だが、いまのところその気配はない。

閑話休題

またしても前置きが長くなり思わず本題を忘れそうになっていた。今日お話ししたいのは、sigmarionについてでもなければ、Librettoについてでもない。「ノートパソコン用の保護ケース」についてである。

Librettoを持ち歩くとき、最初は裸のまま愛用のトートバッグ(*)に放り込んでいた――ちなみにここで裸のままなのはわたくしではなくPCである(為念)――のだが、こんなに手荒く扱っていて大丈夫なのだろうか(なにしろ高価なモノなのだから壊れたら悲しい色やね)と、だんだん心配になってきた。そこで、適当なPCケースがないかどうか探してまわることになったという次第。

まず却下したのは、よく家電量販店に置いてあるような黒いビジネスバッグ風の代物。まぁたしかにPC保護のためにはよいのだろうが高価である。それに、バッグにはすでにお気に入りのトートバッグがあるので、それを使いたい。つまりはバッグに入れるPCのみを保護するケースがほしかったのであるが、これではPCのためだけにバッグそのものを取り替えることになってしまう(目的と手段の逆転)。

次に却下したのは、これもよくある「低反発素材」のスポンジのようなものを使ったPCケース。中にPCを入れてジッパーで密封するタイプだ。これもPCを保護するにはよいのだろうが、スポンジの部分にけっこうな厚みがある。PCを入れると当然さらに分厚くなり、かさばってしかたがない。これでは邪魔になる。

そんなに重厚なケースは必要ない。とりあえず最低限の保護だけをしてくれるものはないだろうか。……2年前、そんなことを考えながらヨドバシカメラをうろついていたら、ワゴンケースで大量に投売りされている商品が目にとまった。売値は105円(税込)。あまりに売れなかったために、ロハ同然でもいいから放出してしまおうということになったのだろう。そしてこの商品こそ、わたしが愛用するところとなったのである。

ご覧のとおり、もはやケースでもバッグでもない。

まさにこういう超シンプルでコンパクトでエエカゲンな代物をこそ、わたしは求めていたのである。保護されるのはパソコンの四隅だけだがそれで十分。要は「気休め」がほしかったというだけのことなのだから。

装着するとこんな感じ。

定価がいくらだったかは知らん。

【関連記事】
◇哲劇メモ > 私の体を通り過ぎていったコンピュータたち(1)――HDD篇(I)
http://d.hatena.ne.jp/clinamen/20050825/p2

◇哲劇メモ > [コンピュータ]
http://d.hatena.ne.jp/clinamen/searchdiary?word=%2a%5b%a5%b3%a5%f3%a5%d4%a5%e5%a1%bc%a5%bf%5d