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哲劇メモ

吉川浩満(@哲学の劇場)の日々の泡

サラ・コフマン讃


わたしにとってサラ・コフマンとは、フロイト論のサラ・コフマンではなく、またニーチェ論のサラ・コフマンでもなく、はたまたフェミニズムのサラ・コフマンでもなく、『窒息した言葉』のサラ・コフマンであった。理由は簡単で、『窒息した言葉』にはおおいに感銘を受けたものの、不勉強ゆえに(だって彼女の「代表作」たちを素通りしているのだから)ほかの著書をまだきちんと読めていないというだけのこと。『窒息した言葉』がすばらしかったのに、いやすばらしかったために、いわゆる学術的なスタイルの作品たちをなんとなく敬遠してきてしまったのである。

このたび未知谷より、その彼女を讃える追悼文集が翻訳刊行された。フランソワーズ・コラン、ジャック・デリダ、ジャン=リュック・ナンシーらが寄稿している。これを機会に彼女のほかの作品たちにもとりかかることにしようか。

  • F・コラン、J=L・ナンシー、J・デリダほか『サラ・コフマン讃』棚沢直子、木村信子ほか訳、未知谷、2005

サラ・コフマン讃

サラ・コフマン讃

目次は下記のとおり。

フランソワーズ・プルースト「袋小路と通路」
フランソワーズ・コラン「ほどよい食事は無理――哲学と物語――」
ジャン=リュック・ナンシー「クール、サラ!」
モニック・シュネデール「視線と女」
ジャン・モレル「サラの幼年」
マリー=ブランシュ・タオン「コフマンによるルソー読解――敬遠」
フランソワーズ・デュルー「女はいかに哲学するか
ヨーケ・ヘルムセン「転倒」
ジャック・デリダ (タイトルなし)
サラ・コフマン「聖なる食事」「自分自身の名のための墓碑」「「私の生」と精神分析
サラ・コフマン略伝
棚沢直子「サラ・コフマン追悼」
木村信子「甦るサラ・コフマン 解題=訳者あとがき」
サラ・コフマン作品目録
http://www.michitani.com/shinkan/shinkan.html

◇【関連サイト】未知谷


窒息した言葉

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オルドネル通り、ラバ通り

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人はなぜ笑うのか?―フロイトと機知

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女の謎―フロイトの女性論

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芸術の幼年期―フロイト美学の一解釈 (叢書 言語の政治)

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ニーチェとメタファー (ポストモダン叢書)

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