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哲劇メモ

吉川浩満(@哲学の劇場)の日々の泡

老母草


先日、地元の市が運営する中央図書館に足を運んだ。

図書館は、バブルのころに建立されたとおぼしき巨大な文化施設のなかにある。その建物には、図書館のほかにもレストランや各種イベントホールなどが入っており、講演会や展示会などのほか、小さな映画祭が行われたりもする。少し自宅から遠いのが難点だが、きれいだし涼しいので、たいへん重宝している。

わたしはちょっとした野暮用のために理想社版『ハイデッガー選集』数巻を借り、雑誌を数ページばかりコピーした。目的を達したわたしは、『ハイデッガー選集』を両手に抱えながら気分よく下りのエレベーターに乗り込んだ。

 *-*

1階のフロアに降り立ち、出口に向かおうとしたとき、二人組のおばあちゃんとすれちがった。

おばあちゃんの歳のころはたぶん70代後半から80代前半。ふたりは長年の友だち同士らしい。打ち解けた話しぶりである。ちょっとだけ「お出かけ」を意識した小奇麗な服装が似合っていた。これから階上で行われる催し物にでも向かおうというのだろう。

すれちがったちょうどそのとき、おばあちゃんのひとりが語調も激しく、こう断言するのが聞こえてきた。

こんな本読んだって、なんにもおもしろくないわ!

一瞬、わたしが抱えている『ハイデッガー選集』にたいする批判かと思ってびっくりしたが、もちろんそんなことはなかった。思わず振り向くと、おばあちゃんの手には一冊の本が握られていた。

そのとき、「最近のおばあちゃんはどんな本を読んでいるんだろう?」という不埒な興味がムクムクと沸き起こってきた(もちろん、そのときのわたしの興味は、「最近の若者は、云々」という興味や苦言と同様にありきたりで、思慮に欠け、さらにひとりの人間としてのそのおばあちゃんの「単独性」を無視したうえでなりたつような、まったくもって失礼な興味であった)。

わたしは振り返っただけでなく、あろうことかそのおばあちゃんたちを追いかけた。おばあちゃんたちとわたしとの距離はすでに数メートルちかくにもなっていたのだが、わたしは敵の城内を偵察する忍者のごとく素早くかつ静かにおばあちゃんたちの背後に近づいた(もちろん、そのときのわたしの行動は、若者たちにそれをしたならばさすがに気づかれるだろうが、おばあちゃんなら気がつかないだろう――それに話に夢中になっているし――という算段のうえでなりたつような、まったくもって失礼な行動であった)。

はたしておばあちゃんズはわたしの隠密行動(=急接近)にまったく気がつかなかった(ようであった)。わたしは背後から、彼女が手にしている本を覗きこんだ。


  • S・I・ハヤカワ『思考と行動における言語(第四版)』、岩波書店、1985

思考と行動における言語

思考と行動における言語

言語学、とくに意味論を研究する者ならば本書を知らないとはいわせない。たしかに旧い本ではあるが、これは「一般意味論の最良の入門書として、刊行以来半世紀近く、広く読みつがれてきた古典的名著。言語の機能およびコミュニケーションを通じての人々の相互作用を、身近な具体例に基づいて明晰かつ説得的な論理で究明」(岩波書店解説)する「現代の古典」である。

わたしは軽いショックとともに深く自らを恥じた。わたしは(誰から頼まれたわけでもないが)勝手に、おなじみ渡辺淳一『エ・アロール』とか、遠藤周作『深い河』、はたまた桐野夏生の新作『魂萌え!』などを予想していたのである。なんと凡庸かつステレオタイプドな推測であったことか。

ついでに彼女たちをナンパして、軽く小一時間問い詰め……失礼、ご事情をおうかがいしたいところであった。しかし、残念ながらわたしは「ナンパ」なる文化的伝統に不慣れであった(いまも不慣れだが)ため、その場でひとりうつむいてしまうばかりであった。

もしナンパに成功したならば、最上階のレストランでお抹茶でもいただきながら、お話を拝聴したいものだった。どのような関心から同書を読まれ、そしていかにして「こんな本読んだって、なんにもおもしろくないわ!」という断定にいたったのか、等々。さらには、S・I・ハヤカワが駄目ならば、ではドナルド・デイヴィドソンではどうなのか、『行為と出来事』『真理と解釈』ならばおもしろいのか、もしそうであるならば、ぜひわたしにデイヴィドソンの哲学を易しくかつ優しくご教授いただきたい、等々。……このときばかりは、若者のある種の文化的伝統を体得してこなかった自らの不勉強を悔やんだのである。

 *-*

帰りの道すがら、わたしは日ごろより敬愛してやまない作家・大西巨人の短篇小説「老母草」(「おもと」と読む)の記憶を反芻していた。先日めでたく文庫化された『五里霧』に収録されている小品である。その内容はというと……とつづけたいところだが、わたくしなんぞが軽率に内容を紹介してしまった日には、この佳作の価値を台無しにすることにもなりかねない。それにわたしは、読者であるあなたから「老母草」を読む楽しみ(の一部)を奪うこともしたくない。

というわけで、「老母草」の話はしないでおこう。


◇【関連記事】哲劇メモ > [随想]

追記

下記のアマゾンデータで一部(『真理と解釈』)文字化けしているものがありますが(2005年8月7日現在)、これはAmazon Webサービスの不具合に起因するものとのこと。いつか直ると思います。→はてなダイアリー日記 > はまぞう、isbn/asinページの文字化けについて


思考と行動における言語

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エ・アロール-それがどうしたの

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深い河 (講談社文庫)

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魂萌え !

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行為と出来事

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真理と解釈

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五里霧 (講談社文芸文庫)

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欲望の現象学―ロマンティークの虚像とロマネスクの真実 (叢書・ウニベルシタス)

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