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哲劇メモ

吉川浩満(@哲学の劇場)の日々の泡

文芸誌、総合誌

今日もの凄い勢いで立ち読みした雑誌記事を数点。

  • 『新潮』2005年7月号、新潮社

  • 蓮實重彦「「赤」の誘惑――フィクションをめぐるソウルでの考察」
本年5月にソウルで開催された第2回「世界文学フォーラム」において読み上げられた英文テキストの日本語訳。「フィクション」なる言葉を考察する理論書のことごとくが屈する「赤」の誘惑――理論的な書物を「テーマ論」的に読む試み。これにはかなわない。

韓国通の四方田氏を「浦島太郎」にしたヨン様ブーム。これは全20話を3日間で観た氏が記したメモ。

◇『新潮』
http://www.shinchosha.co.jp/shincho/index.html

  • 大澤真幸「第三者の媒介で「新しい自由」を切り開け」
個人が経験的世界で帯びる偶然的な性質を無化・還元するリベラリズムではなく、「先験的な選択」(生まれる前の選択、現在であったことのない選択、終わったものとしてしか現れない選択)をも含みこんだリベラリズム像を描く。またそれを具体的に可能にする「第三者の媒介」を組み込んだ集団的な意思決定の方法を提案する。

新自由主義新保守主義」(小さな政府とタカ派外交)の結びつきは必然的なものではないことを指摘。これらをワンセットで考える錯誤と、「ケインズ主義は市場に抗する」という錯誤が、リベラル=左翼の内在的な障害であると説く。この二重の錯誤を解く作業はまたこんど、とのこと。刮目して待つ。

国内編を浅羽通明氏、海外編を北田暁大氏が執筆。「日本的「自由」の困難性について」と題された浅羽氏の文章――ブックガイドのかたちをした近代日本リベラル群像劇――は味わい深い。

◇『論座
http://www3.asahi.com/opendoors/zasshi/ronza/

  • 鈴木謙介「若者は「右傾化」しているか――左派の歪んだ写し姿」
ネット上で繰り広げられる愛国的な「祭り」や「ネット私刑」は、リスク社会における自己責任論の肥大化と左派の「学級会民主主義」とによって生みだされたのではないかと。つまりそれは左派の歪んだ写し姿ではないかと。明快で鋭い分析。

◇『世界』
http://www.iwanami.co.jp/sekai/