哲劇メモ

吉川浩満(@哲学の劇場)の日々の泡

大澤真幸、見田宗介『〈わたし〉と〈みんな〉の社会学』左右社

ぎゃー!(泣)

ぎゃー!(2)

物書きのためのタブレット

タブレットの縦画面は物書きに最適である。

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ノートパソコンのディスプレイは基本的に横長である。まあこれはこれで複数ウィンドウを立ち上げて使う分にはわるくないのだが、書き物の表示行数という点で不満を感じることがある。なんだか閉塞感を覚えるのである。

それがディスプレイを縦向きにすることで、当たり前のことだが、表示行数が一気に1.5倍(3:2の場合)とか1.8倍(16:9の場合)になる。たとえば40行しか表示されなかったところが60行も表示されるようになる。些細なちがいにも思えるが、私の場合、これだけで心理的に非常に助かる気がする。(これも当たり前のことだが、縦書きで書くなら横長ディスプレイがよいだろう。私は横書きで書くので縦長ディスプレイが好ましい。)

そういうわけで、ちょっと不細工に見えなくもないが、このところ外出先で物を書く場合にはタブレット縦置き+キーボード+マウスの組み合わせを愛用している次第。タッチカバーは購入すらしていない。

写真の機器は下記のとおり。

マイクロソフト ワイヤレス Bluetooth キーボード Wedge Mobile Keyboard U6R-00022

マイクロソフト ワイヤレス Bluetooth キーボード Wedge Mobile Keyboard U6R-00022

このASUSも安価でいいと思う。バッテリー駆動時間が少し心配だけど。

kakaku.com

もちろんiPad Proでもいいはずなのだが、モバイル版Acrobat Readerアプリが貧弱なため、PDFゲラの校正には使う気になれない(使おうと思えば使えるが)。

iPad Pro Wi-Fiモデル 128GB ML0R2J/A ゴールド(iOS)

iPad Pro Wi-Fiモデル 128GB ML0R2J/A ゴールド(iOS)

『博士の異常な愛情』ポスター検索

ふと思い立って、「dr. strangelove & poster」で画像検索をしてみた。

dr. strangelove poster - Google画像検索

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うーん。眺めているだけで楽しい。勝手・非公式のものもあるかも。自分でもつくってみようかという気になる。

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私が好きなのは上のオーソドックスなポスターだけど、ただ単純接触効果による愛着なのかもしれない。はじめてDVDを買ったときのジャケットもこれだった。

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これなんかだと、だいぶイメージがちがってくる。スターリング・ヘイドン版ランボーといった感じだ。

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で、このヘブライ語ポスター。ほんとにこんなの使ったのか? と心配になる。これじゃあどんな映画かまったくわからないんじゃないか。いちばん好きな登場人物だけど(タージドソン将軍/ジョージ・C・スコット)。

博士の異常な愛情(1枚組) [DVD]

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超低レヴェルな我が闘争

たいへん低レヴェルな格闘を日夜くりひろげている。この数年来の見果てぬ夢は、毎日すこしずつでもデスクに向かうことだった。夢という表現のとおりに、それはいまだ実現されていない。

だれもがデスクに向かわなければならないというわけではないが、わたしは向かわなければならないように思う。本を読んだり書いたりする仕事は、できればデスクで取り組みたいのだ。

たったこれしきのことができずに数年が過ぎた。これは緩慢な自殺ではないかと思われるような抑鬱状態のもとで、眠くもないのに眠るしかない、ウンウンと唸りながら惰眠をむさぼるだけの状態に甘んじてきた。

よろしい。デスクなどという些細な事柄にこだわるのがよくないのだ。じっさい仕事さえできるのなら、いつどこでどのように取り組もうと同じことだ。しかし、そうは問屋がおろさない。

そもそも、「いつどこでどのように取り組もうと同じことだ」と言えるような境地にあれば、じっさいにいつどこでどのように取り組もうと同じこととして仕事に取り組むことができるだろうと思う。

それができないから、せめてデスクに向かおうと思ったのだった。レイモンド・チャンドラーの教えのとおり、たとえなにも書かなくとも、毎日とにかく決まった時間はデスクに向かうこと。

しかし、そう決めたとたん、そんな些細な日課すらこなすことができないという事実に直面し、いっそう憂鬱になる。その先の大きな目標のために定めた些細な日課が、ほかのなによりも大きな障害のように思えてくる。

さきほど思わず、「べつにデスクのことが大事なわけではない」と書きそうになった。そのとき気がついたのは、デスクが大事なわけではないと思いながら、しかしことさらデスクに執着していることだ。

ふつうに事をなしている人なら、サラッと、「いや、デスクは大事ですよ」とか、あるいは逆に「いやいや、どこでもいいんですよ」などと言えるんじゃないかと思う(わかんないけど。ただのひがみかもしれない)。

転倒している。取り違えている。ビョーキである。そう思う。でも、どうしたら抜け出せるのか。逆立ちしていて、問題をすりかえていて、病的である。でも、どうやって立つのか。この感じ、わかる人にはわかると思う。

そういえば、さっき「ふつう」って言った。それで思い出したけど、よく、たとえばクリエイティヴな人とかが、「ふつうとか、みんなとか、そんな言葉が必要なの?」と言うでしょう。言ってることはわかるよ。

思考停止におちいらないための修辞疑問。でも逆に言うと、そういう言葉は、ついつい思考停止におちいってしまいそうになるくらい、自明なものに思えるってことでしょう。たとえ、よく考えるてみると自明じゃなくっても。

でも、いまはもう、いきなり不明な感じがする。人間様ご自身は「人間なんてロクなもんじゃないよ」とか言うかもしれないけど、しかし妖怪人間はあくまで「はやく人間になりたい!」と願うような(違うかもしれない)。

そりゃあ、ふつうもみんなも人間も関係なく、なんというか、フリースタイルでいきたいですよ。ちなみに、この文章はキッチンに置いてあるMacBookでわざわざ書いているんだけど、なんだか自縄自縛な感じ。

そりゃあ、小腹が空いた村上春樹の小説の主人公がありあわせの食材でサクッとパスタをつくるみたいに、たいした内容もない日々の雑感(←この記事)なのでサクッとキッチンで更新しちゃいました的なノリならばいいですよ。

でも、やっぱり違うんですね。なにかから逃避して、明らかに自らをキッチンに追いやってるんですね。そこで「あえて」のデスクですよ。……って、話がふりだしに戻っちゃった。一事が万事、こんな具合であります。

さて。

そんな超低レヴェルな我が闘争の日々でありますが、さいわい達成ゼロというわけでもなく。……精神科医の斎藤環さんと脳科学者の茂木健一郎さんの往復書簡をもとにした書籍が、来月あたり双風舎さんから出ます。

双風舎 > 往復書簡の書籍化について
http://sofusha.moe-nifty.com/blog/2010/06/post-2bc3.html

もちろん著者としてではありません。ご本人へのインタヴューや注釈の作成などをやってます。刊行時期については、双風舎さんのウェブサイト(ブログ)において、近々アナウンスがあると思います。

双風舎 > 双風亭日乗
http://sofusha.moe-nifty.com/blog/

何卒よろしくお願い申し上げます。

ついったー #3

毎年末に武蔵野人文資源研究所所長(@aquirax)と開催している「回顧と展望」飲み会(たがいの体たらくをサシで断罪糾弾しあう飲み会)にて 「お前なんでもいいからとにかくツイッターやれ」と命令されて早半年。

「あんなの常時PCや携帯情報端末に触れてるようなスカした連中のためだけにある愉快なロンドン楽しいロンドンでしょ」と見向きもしなかった小生も、いまや立派なツイッター常用者になってしまいました。

あいかわらずブログやmixiは半分放置状態ですが、ツイッターではいろいろと発言しています。そんな奇特な人がこの世の中にそうそういるとは思えませんが、万が一、気になるというツイッターユーザーのかたは、アカウント「 clinamen_hiro 」をフォローしてみてください。

Twitter - clinamen_hiro
http://twitter.com/clinamen_hiro

ツイッターなんていう糞おもしろくもないITコンシャスどもの偽楽園になんぞ死んでも入ってやるもんか」という向きには、小生のツイッター投稿をブログ風に表示する「Twilog」をご参照ください。

Twilog - @clinamen_hiro
http://twilog.org/clinamen_hiro

以上。

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◇哲劇メモ > [泡] - うたかたの日々の泡沫的感慨
http://d.hatena.ne.jp/clinamen/searchdiary?word=%2a%5b%cb%a2%5d