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哲劇メモ

吉川浩満(@哲学の劇場)の日々の泡

dazed and confused

目の前にアルプスがある...。長いまわり道をしなければならない/もし登りたくないなら。 There are the Alps... You will have to go a long way round / If you want to avoid them. ――Basil Bunting

ゆきだるマ

文久元年の冬には、江戸に一度も雪が降らなかった。冬じゅうに少しも雪を見ないというのは、殆ど前代未聞の奇蹟であるかのように、江戸の人々が不思議がって云いはやしていると、その埋め合わせというのか、あくる年の文久二年の春には、正月の元旦から大雪…

怒りについて

怒りを治す最良の薬は「引き延ばし」である。このことを最初に怒りに要求すべきであるが、それは相手を許すためではなく、判断するためである。怒りの最初の衝撃は激しいが、待つならば静まることになる。また、それを一挙に全部取り去ろうとするのもよくな…

語りと断念

思考可能なものたち、それはすなわち語りうるものたちのことだ。それゆえ、思考可能性の変化とは、語りうるものたちの変化にほかならない。語りうるものの領域が変化する。しかし、その変化を語ることはできない。ただ、変化しつつ語り続けること。なるほど…

p

まるで魅入られたかのようにひとびとが繰り返しそこに立ち戻って来る命題――私はそういう命題を哲学の言語から消してしまいたいのだ。 ――ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン『確実性の問題』第31節、菅豊彦訳、ウィトゲンシュタイン全集9、大修館書店、1975

迷信、ルソー、トルストイ

トルストイ『文読む月日(上)』北御門二郎訳、ちくま文庫、2004文読む月日〈上〉 (ちくま文庫)作者: レフ・ニコラエヴィチトルストイ,北御門二郎出版社/メーカー: 筑摩書房発売日: 2003/12メディア: 文庫購入: 1人 クリック: 7回この商品を含むブログ (21件…

老先生の教え

子曰、朝聞道、夕死可矣 ――『論語』「里仁 第四」八 子曰く、朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり。

遺伝子操作に似たテキスト操作

遺伝子操作に似たテキスト操作 ウィトゲンシュタインのテキストのスタイルと構造の特異性は、それが生み出される独特の過程に由来する。まとまった考えをテキストによって表現しようとする時、通常我々は表現されるべき内容に沿って順に書いてゆく。そして書…

白のキングに紙の冠

チェスをやるとき或る人が白のキングに紙の冠りをかぶせる。それでその駒の動きに変りはないのだが、私に言うには、その冠りはそのゲームで規則に表現できない或る意味を彼にもっているのだ、と。私は答える、「それで駒の動きが変るのでない限り、私はそれ…

たいていのこと(世人と責任)

世人はいたるところに居合わせてはいるのだが、しかしそれは、現存在が決断を迫るときには、いちはやくつねにこっそりと逃げ出してしまっているというふうに、居合わせているのである。けれども世人は、すべての判断や決断を前渡ししておくゆえ、そのときど…

テクノロジー

via 福田和也『イデオロギーズ』新潮社、2004 資本や「所有関係」ではなく、むしろテクノロジー自体に本質的にこのような加速が含まれているのではないのか。つまりは空虚な個人を、「人格」のもとに、「スター」のもとに、糾合し、断片化された事物を世界と…

17年ゼミ(続)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040517-00000020-mai-soci 17年ごとに米東部で大発生することで知られる「17年ゼミ」の羽化が本格的に始まった。6月末にかけ数十億匹が羽化するとみられており、今年の米東部はセミの鳴き声で騒々しい初夏を迎えそうだ…

◆職業としての学問 学問がこんにち専門的に従事されるべき「職業」としてもろもろの事実的関連の自覚および認識を役目とするものであり、したがってそれは救いや啓示をもたらす占術者や予言者の贈りものや世界の意味に関する賢人や哲学者の瞑想の産物ではな…

山椒魚の話

この書物には虚構の人物も虚構の出来事も描かれていない。人物も場所もすべて実名で語られている。イニシアルを使った場合は、個人的な配慮によるものである。まったく名前が示されていない場合は、人間の記憶がそれらの名前を憶えておくことができなかった…

想像と思考

このことをはっきりさせるために、私はまず第一に、想像のはたらきと純粋な悟性のはたらきとの間にある相違を検討することにする。たとえば、私が三角形を想像するとき、私はそれが三つの線によって囲まれた図形であることを理解するばかりでなく、同時にま…

◆「とってはばなし」 先生――(中略)でも、哲学をするなら、まず最初に、教え込まれてきた「とってはばなし」を撥ね返さなきゃだめさ。「とっては」成立以前の「端的に」の観点に立って、意図的にそこに固執して、そこから「とっては」性の構造を観察できる…

◆思想の錯覚、「答えがない」の錯覚 「思想」の側も錯覚しているし、「思想を必要とする人」も錯覚しているが、「近代の思想」というものはない。あるのは、「前近代に生まれた、近代を用意する思想」だけである。「思想に考えてもらう」が終われば「近代」…

◆自分について考えない 自分自身について、あるいは自分が欲すること、必要とすること、失望していることについて考えるのは、なるべくしないこと。自分についてはまったく、または、少なくとももてる時間のうち半分は、考えないこと。スーザン・ソンタグ『…

こんな日は

エピクテートス先生に教えを乞おう。 だがもし読書力を養うために張り切り、そのために骨折り、そのため旅したのであるならば、私はその人に対して、即刻家に帰るように、そして家の事をゆるがせにしないようにいおう。というのは彼の旅行の目的は、何でもな…